9月5日~8日の3泊4日で地形学ゼミの夏合宿に行ってきた。うちの学科はゼミを2つまで履修できる制度があって、僕は農山漁村地理学のゼミをメインで、地形学ゼミをサブで履修している。地形学ゼミは毎年卒論生のフィールドを対象地域として夏合宿をやっていて、2件の候補から1票差で選ばれた青森に行くことになった。
東北に訪れたのは、去年の同じ夏合宿で太平洋沿岸の3.11被災地域を巡検したとき以来だった。正直、地元の人からは冷ややかな目で見られているような気がする。写真を撮ったり話を聞いたりしていくだけで、地域には何も残せないから。ほんとうは何か貢献したいと思いながら足を運んでいる。
記録忘れによる抜け漏れがあるが、大まかに4日間のルートは画像の通り。複数日のルートが重なっている部分について2列以上にする処理などもしていないので参考まで。

もくじ
- もくじ
- 1日目:三内丸山遺跡、八甲田丸、青森県観光物産館アスパム
- 2日目:復元北前型弁才船「みちのく丸」、恐山、津軽海峡文化館アルサス、仏ヶ浦、本州最北端・大間崎
- 3日目:十三湖、岩木川河口・津波の塔、斜陽館、木造駅
- 4日目:岩木山、弘前城
- *ist DS2撮影写真
1日目:三内丸山遺跡、八甲田丸、青森県観光物産館アスパム

2日前に青森で線状降水帯が発生し、3日目に泊まる予定の鰺ヶ沢が豪雨災害を受けてしまっているのをTwitterで見た。大丈夫だろうかと思いながら駅弁の深川めしをつついた。

新青森駅に到着。青森県は初上陸だった。生涯経県値をみてみたら、東北6県のうち岩手県と青森県を除く4県における宿泊はすでに達成されていた。今回の合宿で青森県も加わり、残すところあと1県になった。

スポーツ振興?

「新幹線で東京へ。」地元で生まれ育った人にはどう映るのだろうか。進学で上京する人は期待と不安のまなざしを東京に向けるのだろうか。

駅構内にミニチュアねぶたが展示されていた。

土偶ねぶた。これは3日目に訪れる木造駅への布石になる。

観光情報センターに県内各地の観光パンフレットが置かれていた。よくわからなかったので泊まるのがわかっていた鰺ヶ沢のパンフレットだけもらっていった。

新青森駅は立派な駅だけど、駅の周りには何もないようにみえた。

これ何線だっけ?

12:30に観光情報センター前で集合した。4日間の行程は貸切バスで実現されている。運転手さんがエスカレーターを上がってきて合流した。津軽弁の大ベテランの方だった。

13時ごろ、三内丸山遺跡に着いた。日本の初等教育を受けていれば嫌でも名前を覚えさせられる遺跡だ。

世界文化遺産とのこと。選定5周年らしく、建物がやたら新しいのはそういうことかと思った。

館内には木柱や土偶、地層の剥ぎ取り標本もあった。

こういった展示には制作者のセンスが感じられる。

ヒスイ。地学サークルで副幹事長をやっていたので鉱物には惹かれてしまう。

14:00からの約1時間でボランティアガイドによる解説を受けた。暇そうなジジババに混ざって話を聞いていた。とりあえず大学生に質問を振るのはやめてほしい。

フォトスポット。

15時半くらいに八甲田丸を見に行った。

八甲田丸を見に行くと宣言されて皆でバスを降りて八甲田丸に向かったのに、目の前に海保のフネ(PM23 おいらせ)が泊まっていて自閉症を発動してしまった。

これは八甲田丸のスクリュー。兵庫県姫路市家島・坊瀬島のどちらか忘れたが、漁業地域の海岸そばには補修跡だらけのスクリューが山積みになっていたのを思い出した。

これは時計台のモニュメントらしい。造形がきれいなので見入ってしまった。

地方のほうが戦争の記憶は色濃く残っているような気がする。東京にも戦争博物館みたいなものはあるが、自分の祖父母や曽祖父母の世代から地続きでバトンタッチされる戦争の記憶というものが薄い気がする。

青森県観光物産館アスパム。15分くらい滞在を許されたので入口左手のお店で「津軽びいどろ」のおちょこを買った。

水玉模様の高いのもあったがこっちはお手頃だった。

40周年らしい。スペルミスしている。

ホームセンターでBBQ用品を調達。アウトドアがお好きな先生なので、泊りがけの巡検では毎回BBQをやってくれる。このゼミの巡検がなければ一生訪れることがなかったであろう場所に2年の春学期から連れていってもらっているので本当に感謝している。

ダイソーにも寄った。

中学のころ釣り部に入っていたので、入口そばにあった釣り道具を見て懐かしくなった。

続いてマエダストア野辺地店へ。夕食の買い出しをした。

僕は肉用牛をテーマに卒論を書いているので、直近半年くらいは出先のスーパーで肉コーナーの写真を撮っている。特に、この「東通牛」のような肥育牛ブランドには注目している。地域によって実態はさまざまだが、肉用牛は高付加価値部門として地域の農業生産の少なからぬ部分を担うことが多いような気がする。

CoGCa。便利そうだと思う。

JAアオレンの濃縮還元りんごジュース。

山梨県産シャインマスカットも流通。

青森産洋梨も。

野辺地町柴崎地区 健康レクリエーション施設のバンガローに投宿。

クマ注意の貼り紙。教授と僕は熊鈴と熊除けスプレーを携行していた。心得があるメンバーはかなり少ない。

椅子がご用意されていた。おめーの席あるから。
仲間内で過ごした時間は切り売りするものではないと思っているから、BBQの写真はあげない。

このあたりは光害を完全には回避できなくて、星空はやや惜しい感じだった。

何に注意すればいいんだろう……。

平成11年度原子力発電施設等周辺地域交付金による整備。

バンガローにしては非常によく整備され、清潔に保たれていた。去年の夏の巡検ではエアコンが無い真夏のバンガローに泊まらされて皆トラウマになっている。用意されていた布団は使わずに床に雑魚寝した記憶がある。

テレビをつけたら熊本地震の現場で活躍したドローン会社の話をやっていた。

アスパムで買ってきた津軽びいどろのおちょこを開封。

日本地理学会のサマースクールで能登を訪れたときに買ったまま飲めずにいた日本酒をもってきた。輪島朝市で買ったお酒だ。飲める人間がいると助かる。
写真はあげないが鬱クワガタなどをした。

透かしてみるときれいで、工芸品としてよりも青の縁取りとちょうどいいサイズ、見た目の美しさが気に入った。
2日目:復元北前型弁才船「みちのく丸」、恐山、津軽海峡文化館アルサス、仏ヶ浦、本州最北端・大間崎

翌朝、BBQの金網に留まっていたトンボ。

すぐ近くで風車が回っていた。

復元北前型弁才船「みちのく丸」を見に行った。

こういうのは正面から撮りがち。
佐渡島の小木民俗博物館には船内に入って歩き回れる北前船の展示があったのを思い出した。訪問時のツイートにも書いたけれど、モンスターハンターシリーズの撃龍船が思い出されるフォルムだ。

道の駅よこはま着。昼食の買い出しへ。

早速先回りされている。脇が出る服で元気な感じが萌。

陸とちょっとだけ関わっている。

これを買った。

これも買った。

鶏肉アレルギーさえなければ買っていた。

このとばジャーキーも買った。これはわからないけれど、青森のちょっとした集客施設の貼り紙にChatGPTが多用されていて萎えてしまった。東京人が旅行先の地方をまなざすとき、「手作り」的な純真さ、シンプルな意味での真正性を求めているのは想像に難くないだろう。雑な作りでも手書きのポップや人力パワポのポップのほうが好印象を受ける。

人外娘の萌発見。性癖が隠せていない。

地域の情報掲示板。

青森りんご150周年。

横浜町郷土館。時間がなくて立ち寄れなかったが、次ここに来られるのはいつになるだろうか。

萌。

この写真を撮ったのは、富士山麓に似た火山山麓に特有のひたすらになだらかな緩傾斜地形に沿った林冠が目についたからだった。

恐山の山域に入ると硫化水素の臭いがしてきた。

恐山に着いた。下北ジオパーク担当者にご案内いただくことになっていた。

生の聞き書きも切り売りしない主義なので解説事項はここには書かない。

境内には温泉がある。

左手奥に散策路がある。

山道脇には湧水を受け止める側溝がある。

恐山は亡くなった子どもの供養に訪れる人が多い信仰空間だ。僕は入門してから出るまで脱帽していた。

噴気孔。

極楽浜まで、火山の景観が続く。

流れている湧水をジオパーク担当者が「触ってみ」という。ファーストペンギンの役を買って出た人が熱さに驚いていた。そりゃないよと思った。
温泉があるのだから言われてみれば当たり前なのだが、ここを流れているのは風呂にしてもかなり高温の水だった。

この環境にあっても生息している限られた種類の生物がいて、この日は偶然一行の行程上にその死骸が転がっていた。

この石積みの景観は誰がなぜつくったのか。この空間には非常に重い意味が込められていた。

またクマ。

極楽浜。3.11慰霊の地蔵尊がある。

「山中他界観」とよばれる信仰が成立するには十分すぎる環境のように感じた。硫化水素の臭いや火山の景観、白昼夢のような極楽浜の景観は、科学的な説明をもたない明治以前の人々にとって信仰心を呼び覚ますのに十分だったろう。

航空自衛隊のレーダーもある。
この極楽浜もまた信仰実践の場になっている。

穂先が結ばれた草。

1時間20分ほど案内していただいたのち、道の駅で買った昼食を休憩所で食べることになった。土産店で恐山の図柄入りタオルを買った。

勝手に撮って申し訳ないが、こういうセットアップのバイクで旅行するのは僕の将来の夢の一つだ。バイクは車に当てられると即死するのでジムニーとかの車でもいいと思っている。

敷地のやや奥にあってわかりづらかったこの休憩所で昼食を食べた。

道の駅で買った3点。

ニジマスとば。

密漁監視塔。昼食後、仏ヶ浦方面に向かったが、青森県の中でも交通隔絶性の高い地域のようで、佐渡島の外海府沿岸地域と同じような印象を受けた。

J-POWERの訓練施設。

風車。風車はそこらじゅうにあった。

津軽海峡文化館アルサス。たぶん命名者はアスパムと同じなんじゃないだろうか。

下北ジオパークの解説板はきれいに作られていた。

山以外で環境保全協力金を募っているのをはじめて見た。

かっこいい。

ケーソンという港湾構造物の製作工事をしているらしい。

にぎわい創出。大変だなと思う。

アルサスの遠景。

いまだに調べていないのだが、おそらく戦時中の赤十字船等と関係している地域であるようだった。

周辺案内図。

錨。

工事区域。

第4種漁港。

整備中なのがよくわかる。

突堤アート?

十数分の滞在を終えて仏ヶ浦方面に向かった。このあたりまで来ると外海府によく似た景観になってきた。

巨岩。

遠いのなんのって。

集落もあるにはあるが、正直、このあたりで暮らすのは大変だと思う。

16時半ごろ、ようやく仏ヶ浦の展望スポットに着いた。

「下北かるた巡り」。

こんな感じで遠景に仏ヶ浦の奇岩群が見えた。

複数台が駐車可能な駐車場。

また別のところからもよく見えた。

展望スポットを出て海峡荘に到着。夕食の買い出し前に宿で荷物を下ろすことになった。僕は30Lザックに3泊4日分の荷物をすべて収めているのでそんな必要はなく、極論歩けと言われたら無限に歩いていられるのだが、集団行動なのでしぶしぶ従った。

「観光客の皆様へ」。

「マグロ一本釣りの町」。大間温泉海峡保養センターに大浴場があり、風呂はそこで済ませることになっていた。夕食も今から買い出しすると遅くなるということで、併設の食堂で済ませることになった。

瓶コーラの自販機。自然に手が伸びる上段2つのボタンがノンシュガーのものになっており、ちょっと萎えた。

(株)みちのく計画が寄贈した空中写真。

「陸マグロ」大間牛。食堂のメニューにも入っていたが僕が入ったときには売り切れていた。

入口脇の掲示板。

海鮮定食みたいな名前のメニューを頼んだ。順張りだと思う。

マエダストア大間店で大間まぐろと酒類、明日の朝食の買い出し。

先に教授が確保していてよかったが、僕が覗いたときには鮮魚コーナーに残っていたマグロは地中海産のものだけだった。

出先のスーパーでは地ビールを探すのが習慣になっている。ここでは震災関係のビールが目についた。

KIBOU NO OKA 01 ピルスナー。

説明文。

宿に戻ってきた。宿泊名簿が手書きで良かった。

海岸でマグロを食べようと皆で向かったが強風のため断念した。「本州最北端 大間崎」。

「まぐろ一本釣の町 おおま」。人の手と大柄なマグロの格闘がよく表現されている。

解説文。

波が荒かった。

ここからもそこそこ良い星空が見えた。

キャンプ場の隅にある会食スペースで刺身を分けた。

本州最北端のキャンプ場で飲酒。キャンプ客からしたらうるさいクソガキ集団だが、こういう趣味の世界は本質的には嘲り合戦で、嘲ったもの勝ちなのだ。

花火もやった。男子校で失った青春を取り戻している。

同期が持ち込んだ雀牌を広げるのを横目にポテチを開けてむさぼった。

大間まぐろを食べた。

ジオパーク担当者の言によれば、大間まぐろにおける大トロは非本質であり、赤身が本質なのだという。

お酒の勢いで鬱クワガタ、LINE着せ替えでガルパンのを購入した。

カメラ用のエネループを充電するのが面倒ではある。

各部屋のネーミングが良かった。

落ち着ける間取りだった。

お酒の勢いで学マスをインストールした。インストールだけしてプレイ開始はしていない。
3日目:十三湖、岩木川河口・津波の塔、斜陽館、木造駅

朝一で旅程崩壊のお知らせ。青森の人・旅・感動が分断されてしまい、悲嘆に暮れた。

昨晩撮ったモニュメント。

日本の東西南北端の図示。

トイレ休憩?で道の駅よこはまに再訪。にぎわい創出。

図中の防災除雪ステーションというのが奥にあるようだった。

道の駅十三湖高原着。昼食はここで済ませる行程になっていた。

「市浦牛販売」。自分でも統計地図を複数作っているので知っているが、青森は肉用牛生産が盛んな地域の一つであり、肥育牛ブランドもそれなりに多いようだ。

売店。シジミと地理的表示(GI)産品の黒にんにくが売りだった。

道の駅建物内に入居するレストランわらび。

メニュー表紙の図柄はシジミと牛。

市浦牛のメニューが目についた。

注文後、料理提供までの時間で売店の品揃えを見た。若年農家が関わっていると観光客向け商品も若者向けの商品設計になり、若い客に好印象を与える。僕は吐くほど飲まないが、おもしろい製品だと思う。

レトルトカレー各種。家族向けに4種買った。

キロ売りされるシジミ。ネット用原材料が足りないらしい。戦争の影響かもしれない。

シジミ関係は中高年向けの売りかたをしていると思った。

市浦牛リブロースステーキ丼がご提供された。舌触りが良く、脂肪分の多さにもかかわらず油のしつこさを感じない良質な肉だった。しじみ汁の味も良かった。

お店の会計時に「あおもり牛レシートキャンペーン」のカードをもらった。店内には同じ図版のポスターもあって、当選者には10,000円分のあおもり牛が贈られるとか。帰ってからよく見てみたら、青森県民限定のキャンペーンだった。たぶん、まずは県内へのブランド浸透、普及を図る意図なのだと思う。県内の認知度を高めてから、クチコミ効果も含めて県外へ波及。賢い戦略だと思った。設計上、本来であれば「県内の方ですか?」でスクリーニングすべきだが、そこのあたりの緩さも含めて、下手に観光地として組織化されているよりも愛おしくて良かった。

クロマツだったかな。

岩木川河口に来た。ものすごい強風下で珍しい植生になっている。

津波之塔。詳しくは地理院地図で自然災害伝承碑を参照。

釣り人がいた。富士山の山頂近くで体をもっていかれそうになった突風に近い風が吹いていた。

海洋ゴミの分布から、潮位差の大きさがわかる。日本海側では大きいらしい。

「津波通過髙」。

コウボウムギという名前の草が生えていた。

続いて、太宰治の生家である斜陽館に連行された。正直興味がなかったので15分程度の滞在時間はトイレに使った。
交流ノートが置かれていたので適当にめくった。観光地の交流ノートでいちばん遠くから来た人を探すのが好きで、見つけたものではカザフスタン人が書いた訪問記録があった。

「青森ひばの年輪年表」。

旧傍島家住宅の模型。僕はこういう家屋のほうが家としての安心感を得られる。

金木観光物産館 産直メロスに寄った。農業高校生の生産物。

無農薬野菜。

「はれわたり」。

宿方面に向け出発。岩木山が見えてきた。

木造駅。土偶の目が光るゲーミング仕様だった。この妙ちくりんな駅で毎日通学する高校生たちのことを想った。

東京では見られない角度の夕日が見られるのが地方の沿岸地域の良いところだ。

ネコがいた。

また移動し、住宅地からリンゴ畑を見学。

空がきれいだった。

マエダストア鰺ヶ沢店で買い出し。

予想が的中し、鰺ヶ沢キャンピングパークに向かう道が土砂崩れで通行止めになっていた。このスクショ上、五能線鳴沢駅方面から北回り迂回して行くことになった。事後諸葛亮だが、豪雨災害の直後の地域で山地と平地の道を選ぶときに山地を選ぶのはナンセンスだと思う。

鰺ヶ沢キャンピングパーク着。

この一帯はレジャー施設だけあって街明かりがなく、非常にきれいな星空が眺められた。今までの巡検先の中ではクマの危険が最も高い場所だったように思う。

案内所。


ここでもサンマやホタテの調理をした。

持参したバーナーでカップ麺をつくった。

星空のベストショット。

立派なロッジだった。

山小屋の造りに近い。

上伊那ぼたんちゃんはこんなの飲まない。

地元商店のカレンダー。

シジミドリンクを飲んだ。

この施設にはシャンプー・石鹸が用意されていなかったので入浴セットを持参した。

僕は1階の2人部屋で寝た。4時近くまで飲めない人間はドアのある個室に閉じこもるのが正解と相場が決まっている。
4日目:岩木山、弘前城

翌朝。

岩木山に向かった。

津軽岩木スカイライン。富士山もだが、観光地化されている山は好かない。

「IWAKI 1625」。

リフトに乗った。

九合目。普段着で登山道に入っていく面々。

どうせなら山頂を踏みたかった。登頂カウントはしないけど。

戻ってきたらガスっていた。

もうええ。

リフトの往復きっぷ。

オーストリアのシステム?を使った登山リフト。本場アルプスの登山鉄道は有名だが、こういう地域の地勢があるからこそ生まれた技術や製品にはいつも見入ってしまう。

火山特有の裾野。

休憩所に戻ってきた。レッドブルのパネルがあった。

津軽岩木スカイラインのポスター。

山の字が好き。

「祝 農林水産大臣賞受賞」。農山漁村地理学ゼミの前任者はここを毎年の合宿地にしていたらしい。

リンゴ畑の景観が続く。

程よく顔を下げられていたので撮ってしまった。ごめんなさい。

とてもよい景観。

寝ていたら遊稲の館というところに着いた。微細先回られが発生。

「『田園』未来を築く会の活動」。一般に農業と聞いて最初にイメージされるであろう稲作に古来から関わってきた地域だ。

弘前駅方面に向かった。これは青森のでんちゃ。千葉からの払い下げ車輌とのこと。

田舎館村埋蔵文化財センター着。村立博物館に隣接している。

迫真のポップ。

先回りされた。

こういうのも官学連携というのかな。

せっかく工夫を凝らした展示になっているので、もっと多くの人に訪れてほしいと思った。

「田んぼアート発祥の村」でもあるらしい。

「石アート」も。

情熱のこもった展示づくりをしているのがよく伝わってくる。

また先回り。頭にアルミホイルを巻きたくなった。

弘前城に来た。

工事中。

こういう工事は技術をもつ会社が限られていて、地域ごとに発注先がほぼ固定化しているとどこかで聞いた。

長期間の工事なので「電子立札」なんていうのもあった。

かなり大掛かりな工事をしている。

入場券が必要なエリアに来た。

これを丸ごと動かすらしい。

解説板。

事業の解説板。

雲を被った岩木山が見えた。

正午あたりならもっときれいに撮れたと思う。

建設現場。

フォトパネル。

最後の最後まで先回り。

萌。

そこらじゅうで目についたChatGPT生成物は弘前市のものかもしれない。人材不足でこんな貼り紙を作り込んでいる時間はないだろうから仕方ない。じっさい僕も官公庁は国土地理院か東京都庁にしか入る気はない。本府省に入った先輩の勤務形態は大変なことになっている。僕には務まらない。

鰺ヶ沢で使った入浴セットのフタが気圧差で凹んでいた。

弘前駅前で荷下ろし、解散と相成った。

教授と新青森駅まで同行。

弘前駅のミニチュアねぷた。

奥羽本線に初乗車した。

乗車便を前倒ししてもらった新青森駅の改札窓口で、改札を通れと言われたのにそのまま抜けそうになった教授を係員と一緒に呼び止めるなどして、無事帰途に就いた。

東京は各地で大雨警報が出ていた。
*ist DS2撮影写真










これを書いているのは週末に院試を控えた月曜日。こんなことをしている場合ではないと思う。旅行の記録はしたためておかないと数年後には「あそこ行ったな」くらいしか思い出せないので、備忘録として書いておいた。お付き合いいただきありがとうございました。





























































































































































































































































